常照寺の初夏



常照寺。日乾上人に帰依した吉野太夫ゆかりの寺。太夫の墓や寄進した「吉野の赤門」と呼ばれる山門などがあります。寺の始まりは元和2年(1616)、本阿弥光悦の子・光嵯が発願し、本阿弥光悦の寄進した土地に日蓮宗中興の寂照院日乾上人を招じて開祖。ここの赤門は2代目吉野太夫の寄進。寛永5年(1628年)、日乾上人に帰依した太夫(23歳の時)が、私財を投じて寄進。太夫は、都の六条三筋町(後の島原)の廓の名妓で、教養が高く、和歌、書、茶道、華道など諸芸に優れていただけでなく、その美貌は唐にまで伝わっていたとのことです。豪商で文化人でもあった灰屋(佐野)紹益に見初められ、身請けするものの、太夫は38歳という若さで病死、この寺に葬られたものです。
また、山門を潜ると正面に本堂、右手におび塚があります。女性の心の象徴“帯”に感謝して昭和44年に建立されました。
毎年4月の第三日曜日に太夫による花供養が催されます。内と外の美貌の持ち主・太夫、現代のタカラジェンヌのスターよりも優る人だったようです。








